
「麻婆豆腐は日本で生まれた料理」
「中国には麻婆豆腐は存在しない」
こうした話を一度は聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
結論から言えば、それらの情報は嘘です。
麻婆豆腐は中国・四川省で誕生した中国料理で、日本発祥説は後年に生まれた誤解です。
この記事では、
- 麻婆豆腐とは何か
- 麻婆豆腐の歴史
- 中国と日本での広まり方
を整理し、
「なぜ日本発祥説が広まったのか」まで含めて、簡単に解説します。
本物の歴史を知ることで、より四川を身近に、そして日本との深いかかわりを知ることができるでしょう。
麻婆豆腐の日本と中国の違いについて知りたい人は、下記の記事を参考にしてください。
陳麻婆豆腐と麻婆豆腐の違いとは?四川飯店のは偽物って本当?
麻婆豆腐とは?
まずは麻婆豆腐とは何か、由来についても簡単に解説します。
麻婆豆腐とは豆腐を辛く味付けした特徴を持つ料理
麻婆豆腐とは豆腐を主役とし、豆板醤や花椒などで辛く味付けし、とろみをつけた料理です。
- 花椒の痺れ
- 唐辛子の辛さ
- 豆板醤や肉由来の旨味
が特徴で、全て合わせると「麻辣烫嫩酥香鮮整」という8つの味や見た目の特徴を持ちます。
麻婆豆腐の由来は労働者のための料理で、名前の由来は陳劉氏の容姿
19世紀中頃の清王朝末期に、陳劉氏(チェン・リウ・シー/Chén Liú shì)(後述の陳県民とは関係無い)によって陳興盛飯舗(現・陳麻婆豆腐店)で作られました。
当時成都で働いていた油を運ぶ労働者のために、菜種油、若しくはピーナッツ油で刻んだ唐辛子を炒め、豆腐やネギ、花椒で味付けしたのが由来です。
名前の由来としては、陳劉氏があばだ(麻)のあった女性(婆)だったことから、「麻婆豆腐」と呼ばれるようになりました。
痺れと辛さ(麻辣)の組み合わせが最大の特徴ですが、名前とは関係ありません。
麻婆豆腐の簡単な歴史を中国と日本に分けて解説

麻婆豆腐は、約150年前、中国四川省の成都で陳劉氏(チェン・リウ・シー/Chén Liú shì)によって作られた料理です。
労働者が行き交う要所で、労働者が油と豆腐を持ち寄り、それを陳劉氏が調理したのが始まりと言われています。
初期のころは豆板醤を使わず、とろみを付ける工程はありませんでした。
1960年代まで澱粉でとろみを付けるスタイルが確立。その後1970年には牛肉の使用が固定化。
1980年代に豆板醤が必須となり、ほぼ今の麻婆豆腐の形になりました。
下記に日本と中国の、簡単な麻婆豆腐年表を書きます。
中国

1862年 陳富春と陳劉氏によって陳興盛飯舗(現・陳麻婆豆腐店)が開業
1860年代 中国四川省成都に陳興盛飯舗で、麻婆豆腐の原型が陳劉氏によって作られる
1909年 『成都通覧』において、陳麻婆の豆腐が名物として記される
1956年 陳麻婆豆腐店(元・陳興盛飯舗)が国有化される
1960年 中国政府編纂のレシピ書『中国名菜譜 第四編 四川』に「陳麻婆豆腐」としてレシピがまとめられる
2000年代 「麻辣烫嫩酥香鮮整」の8要素が料理人・ネット記事で体系化
日本

1950年代 戦後、引揚者や中国料理人によって中国料理が持ち込まれる
1959年 日本で王馬熙純が「NHK 今日の料理」で麻婆豆腐を紹介
1966年 陳県民がNHK『きょうの料理』に出演、人気に。麻婆豆腐を紹介
1971年 丸美屋の麻婆豆腐の素が発売
1972年 丸美屋の麻婆豆腐の素CMが放送
2000年 陳麻婆豆腐店が日本にのれん分けされる
麻婆豆腐を日本に広めた人々

中国において麻婆豆腐を広めたのは、陳麻婆豆腐店を訪れた労働者や観光客でした。
日本では麻婆豆腐がどのように広がったのか解説します。
麻婆豆腐を最初に広めたのは王馬熙純さん
1950年代は、戦後の引き揚げ者によって中国料理が多く輸入されブームになり、中国人の料理人も多く日本に来ました。
文献で確認できる限り、麻婆豆腐のレシピが一般人向けに、初めて日本に持ち込まれたのは1958年6月に出版された『中国料理』です。
王馬熙純(Xichun Wang Ma・おうまきじゅん・帰化名は王城純子)さんという女性が著者でした。
テレビでは、1959年に同じく王馬熙純さんが麻婆豆腐をテレビ『きょうの料理』で紹介。
続いて張掌珠さん、沈朱和さんも紹介しています。
1966年には陳建民さんが麻婆豆腐を紹介し、その語り口で人気講師になりました。
麻婆豆腐をさらに広めたのは丸美屋のCM
今でこそ麻婆豆腐の名前を知らない人はいませんが、誰でも知っていると言えるほど、麻婆豆腐の名前自体は普及していませんでした。
麻婆豆腐は『きょうのレシピ』で何回も扱われる人気レシピでしたが、あくまで主婦の中でだけです。
レトルトが売り出され、中国料理のレトルトも流行っていた1960年代から1970年代。
1972年、丸美屋の麻婆豆腐の素が発売され、CMを使い『麻婆豆腐』の名称を広めます。
麻婆豆腐の発祥が日本と言われた理由

ここまで麻婆豆腐の簡単な歴史と、誰が広めたかを解説しました。
麻婆豆腐は1860年代に陳劉氏によって中国で作られ、150年かけて発展してきました。
ここでは、なぜ麻婆豆腐が日本発祥、中国にはないという誤解が広まったのか解説します。
なぜ麻婆豆腐が日本発祥、中国にはないという誤解が広まったのか
なぜ日本発祥、中国にはないという誤解が広まったのか、気になる人も多いでしょう。
理由をいくつか解説します。
麻婆豆腐の味やレシピに、日本と中国の違いがあるため
麻婆豆腐のレシピは、「四川風」であっても日本と中国で違う部分があります。
中国の現在のレシピでは、
- 牛肉を使い
- 甜麺醤を使わない
- 花椒の痺れが強い
という日本と違う特徴があります。
そのため味とレシピが違ったまま進化しており、そのため「麻婆豆腐は日本発祥」という誤解が生まれました。
なぜそのような違いが生まれたのか解説します。
牛肉
麻婆豆腐は1950年代に中国の料理人や料理研究家によって広められましたが、このときはまだレシピが確立していませんでした。
中国では1955年に四川の黄牛を保護する、『關於防止濫宰耕牛和保護發展耕牛』が出たため、麻婆豆腐発祥の陳麻婆豆腐店でも、1970年ごろまで豚肉を使っていました。
この時代までは豚肉と牛肉両方を使うレシピがあり、日本で紹介する際に安く入手しやすい豚肉をレシピとして採用したと考えられます。
甜麺醤
中国四川では甜麺醤をあまり使いません。
甜麺醤は北京のもので、四川料理で有名な回鍋肉も1980年ごろまでは甜麺醤を使用していませんでした。
中国の検索サイト「百度」で調べると、甜麺醤を使うのは「日本の傾向」と紹介されており、甜麺醤を使うレシピはありません。
麻婆豆腐で有名な四川飯店では、八丁味噌と砂糖で作られた甜麺醤を使っており、陳健民さん・陳健一さんのレシピでも紹介され、普及しました。
その理由は日本人向けに甘めの味付けにしたためです。
花椒
日本の街中華の麻婆豆腐は花椒を使わないか、あまり使わない傾向があります。
この違いは、甜麺醤と同じく日本人の舌に合わせたアレンジによる傾向と捉えられています。
この日本式麻婆豆腐が広く普及したことで、「日本で生まれた料理なのでは?」という誤解が生まれました。
ただ、麻婆豆腐で甜麺醤を使うレシピは日本発祥と言えるでしょう。
陳麻婆豆腐の「陳」が「陳健民」と混同されているから
また、四川飯店の「陳建民」さんの名前が「陳麻婆豆腐」の「陳」と同じことも誤解に拍車をかけています。
陳麻婆豆腐は陳興盛飯舗(現・陳麻婆豆腐店)で生まれた料理で、四川飯店は関係ありません。
陳麻婆豆腐の「陳」は、陳興盛飯舗を切り盛りしていた陳劉氏の陳です。
しかし名前が同じため、「陳健民が日本の店で作った料理だ」と誤解する人が多く居ます。
中国には似た豆腐料理が多くあるため、中国にはないと勘違いしている
中国では、紅燒豆腐(ホンジャオトウフという、豆腐を素揚げして醤油と砂糖と絡めた料理)や、豆腐をラー油で食べる料理など、似ている料理や派生した料理が多くあります。
麻婆豆腐と勘違いし「中国にはない料理だ」と誤解する人もいます。
完全な誤りで、中国・四川省では現在も麻婆豆腐は一般的な料理です。
成都には陳興盛飯舗から陳麻婆豆腐店という名前を変えた、麻婆豆腐元祖の店も現存しています。
麻婆豆腐は中国発祥の料理
この記事によって、より四川料理と中国への理解が深まり、麻婆豆腐を近くに感じられたでしょうか。
麻婆豆腐は中国発祥の料理です。
ただし、甜麺醤を入れる、痺れの少ない甘めの麻婆豆腐は「日本風麻婆豆腐」または「日式麻婆豆腐」として日本発祥と言えるでしょう。
本場の味を確かめたい人は、下記のレトルトがおすすめです。


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