
麻婆豆腐を語るときに欠かせないのが、
「麻(マー)・辣(ラー)・烫(タン)・嫩(ネン)・酥(スー)・香(シャン)・鲜(シェン)・整(チェン)」
といった8文字の表現です。
一見すると味の特徴を並べただけに見えます。
しかし中国側の文献や料理観では、これは単なる形容ではなく、麻婆豆腐が「成立しているか」を判断するための評価軸として使われてきました。
ただし、この8文字は常に同じ組み合わせだったわけではありません。
時代・文脈・地域によって 6文字/7文字/8文字 と変化し、その内容も微妙に変わっています。
この記事では、
- 8文字とは何を指すのか
- 6文字・7文字はどういう位置づけなのか
- 細かな文字それぞれの意味
- なぜ変わってしまったのか
を整理して解説します。また、その文字の初出である中華名菜譜の文章も公開しているので参考にしてください。
麻婆豆腐とは

まずは麻婆豆腐について、簡単に解説します。
麻婆豆腐とは8文字が揃っている料理のこと
麻婆豆腐は、肉と油を豆鼓や花椒、唐辛子やピーシェン豆板醤などと炒め、豆腐とスープを少量加えてとろみをつけた豆腐料理のことです。
この料理は1960年代に中国四川の成都にあった、陳興盛飯舗(現在の陳麻婆豆腐店)で陳劉氏によって生まれました。
本場四川の捉え方では、本物の麻婆豆腐は
「麻・辣・烫・嫩・酥・香・鲜・整」
という複数の条件が同時に成立している料理として説明されます。
つまり麻婆豆腐は、一つの味が強ければ成立する料理ではありません。
複数の状態が同時に成立して初めて麻婆豆腐と呼ばれる料理になります。
6、7、8文字とは
その条件も、時代・文脈・地域によって微妙に異なっています。
この味に言及した文字について初めて出たのは残っている記録だと、1948年の『农业生产(農業生産)』という雑誌でした。
正式に6文字として確認できるのは、中国の国家主導で編纂された「中国名菜譜 第七編 四川」です。
当時は6文字で、ネット文化の普及により7,8文字まで増えました。
現代で語られるときは、主に8文字が使われています。
麻婆豆腐の8文字と7・6文字について解説
それでは実際に、麻婆豆腐の8ヶ条と6、7ヶ条についてそれぞれ詳しく解説していきます。
8文字の内容
8文字の内容には、中国や四川で使われている最新の8文字と、今では使われなくなった4文字があります。
中国や、四川の陳麻婆豆腐が使う最新の8文字

2026年の現在で最も主流なのが、「麻辣烫嫩酥香鮮整」の8文字です。
陳麻婆豆腐店の8代目料理長も使用している「正しい」8文字でもあります。
それぞれの内容について解説します。
- 麻(マー) 花椒によるしびれのこと
- 辣(ラー) 唐辛子や豆板醤の辛味のこと
- 烫(タン) 熱いままで提供されること
- 嫩(ネン) 豆腐が柔らかく煮られていること
- 酥(スー) 肉そぼろがカリカリしているが、中は柔らかくほろりと崩れること
- 香(シャン) 肉の香ばしさと、香辛料の立ち上がる香りのこと
- 鲜(シェン) 素材の持つ旨味と新鮮な味のこと
- 整(チェン) 豆腐が崩れず形を保っていること
この8文字が、麻婆豆腐において重要とされ、中国の麻婆豆腐のレビューでも重視されています。
陳麻婆豆腐店では上記の漢源花椒、龍泉二荊条唐辛子のほかに、中国・安徽省太和県の豆鼓が使われています。
「整」の代わりに「活(フオ)」「渾(フン)」「捆(クン)」が入ることもあった
その文字の内容も、時代や文脈、場所で使われている文字が違うことがあります。
ここでは消えた4文字について解説します。
活(フオ)

葉ニンニクが青々としているが、火が通り、料理が鮮やかで豆腐がプルプルしている、生きている状態。2015年あたりまで主流でした。
渾(フン)
全ての素材が混然一体となり、形が崩れていないこと。2015年あたりまでの一部で使用されていました。
捆(クン)
豆腐の形が崩れないまま味がついている、若しくはアツアツの香り、餡の絡みのこと。日本の麻婆豆腐店や日本人客が採用。
また「中国名菜譜 第七編 四川」の発出では「捆」が重要な要素として扱われています。
それぞれの店舗の使用状況
それぞれの店舗がどの文字を使用しているか、どう解釈しているか解説します。
四川の陳麻婆豆腐店(発祥店)
陳麻婆豆腐店料理長7代目汪林才さん、8代目張盛躍さんも、それぞれ「整」をレシピ動画中で使用しています。
日本の陳麻婆豆腐のれん分け店
公式ホームページでは「捆」を使用し、餡の絡みと表現しています。
四川飯店

3代目陳健太郎さんは「捆」を使用し、熱さと香りと解釈しています。
7文字は麻辣烫嫩酥香鮮のこと
「整」「活」「渾」「捆」などは、文献や立場によって用いられる字が一定せず、解釈が分かれます。
そのため、共通する条件として「麻・辣・烫・嫩・酥・香・鲜」の7文字として説明する文章も中国にはあります。
流派や解釈を超えて共有できる共通基準として機能している存在ですが、現在では「整」を含めた8文字が主流です。
6文字は初めて言及された文字、「麻辣”捆”烫嫩酥」のこと

実は麻婆豆腐で味わいを説明する「6文字」の初出は「中国名菜譜 第七編 四川(1960年編纂)」です。
中国名菜譜は中華人民共和国が成立した後に、国家主導で中国各地のレシピと文化をまとめる目的で作成されました。
その際、編集者によって記された
此小吃的特点, 是麻、辣、燙、“捆”、酥、嫩,它具有濃厚的麻辣味,趁热吃时 又燙又辣,即使在严寒的冬天吃也要出汗。
中国名菜譜 第七編 四川
という文章の中に出てくる6文字が、今の8文字の原型です。
また残りの「整」「酥」「香」「鮮」についても
这种作法旣能使極嫩的豆腐保持整塊而又不爛,具有“捆”的 特点,又能把佐料的味道吸收进去,同时牛肉酥香鮮美。
中国名菜譜 第七編 四川
の「豆腐保持整塊(豆腐が形を保持している)」と「牛肉酥香鮮美(牛肉がサクサクとし良い香りを持ち、とても旨い)」という文章で言及されています。
それ以前の言及だと、1948年の『农业生产』という雑誌では「麻、辣、烫」が味の要素として使われており、少なくとも3文字は1960年以前から使われていました。
しかし「麻、辣、烫」は「痺れがあり辛く、熱い」という、四川料理によくある特徴であり、固有のものではありません。

なぜ文字が追加、消えたのか?日本では違う文字と意味が採用されているのか?
なぜ文字が追加、変更されたのか?日本では違う文字と意味が採用されているのか気になる人も多いのではないでしょうか。
ここでは詳しく解説します。
「酥」「香」「鮮」が追加された理由
麻婆豆腐は時代によってそのレシピを変えてきた存在です。
市場から求められる味や料理人の個性によって、レシピだけでなく、その文字の解釈は微妙に変わります。
そのなかでも「酥」「香」「鮮」は麻婆豆腐の調理方法と、食す際に重要な要素として、概念自体がレシピや料理人によって伝えられ、現代に追加されていきました。
「捆」が消えた理由
文字が料理人の「制作技法」の1つから、客の「判断基準」としての転換によって消えたと考えられます。
中国名菜譜では、以下のように言及されています。

此小吃的特点, 是麻、辣、燙、“捆”、酥、嫩,
(この軽食の特徴である、麻、辣、燙、“捆”、酥、嫩,)
中国名菜譜 第七編 四川
と強調されて書かれているように、「捆」は重要な要素でした。
また、同本では「捆」についてこのように解説されています。
采用的烹調方法旣不 是煎炸,也不是蒸赏,而是四川民間 火毒≪火編に毒≫ 豆腐的傳統作法。 这种作法旣能使極嫩的豆腐保持整塊而又不爛,具有“捆”的 特点,
中国名菜譜 第七編 四川
(煮るでも炒めるのでもなく、蒸すでもなく、四川の方言として火毒≪火編に毒≫という豆腐の伝統調理法がある。この方法により、非常に柔らかい豆腐が崩れずに丸ごと保たれる、「捆」という特徴を有している、)
「捆」が「非常に柔らかい豆腐が崩れずに丸ごと保たれるもの」として紹介されているだけでなく、火毒≪火編に毒≫という、少ないスープで豆腐の水分を抜きつつ、味を保ったまま味をしみこませる調理方法と強く関りがあることを示唆している文章です。
しかしこの基準は調理を見ていない人からすると、わかりにくく判断できません。
よって、よりわかりやすい「結果」である「整」に整理されたと考えられます。
「活」「渾」が消えた理由
また「活(フオ)」「渾(フン)」といった曖昧な要素は、「鮮」や「整」と言った文字に統合、整理されています。
SNSの普及により、現代ではより厳格な意味付けや判断基準が必要となったのも一因としてあるでしょう。
日本では違う文字と意味が採用されている理由
陳麻婆豆腐の日本のれん分け店、四川飯店でも「捆」が採用されています。

陳麻婆豆腐を日本でのれん分けした店では、「捆」のことを「餡がからんでいる。豆腐一切れの上に餡がある」と公式Webサイトで解説しています。

また四川飯店3代目料理長の陳健太郎は、YouTubeで「熱さや香り」と解説しています。
ではなぜ日本では「活」「渾」「整」でもなく、中国名菜譜の「捆」が採用されているのでしょうか。
また「中国名菜譜」で書かれている「捆」の意味と違うのでしょうか。
実はこの「8文字」自体は、2010年あたりに作られた最近の概念なのです。
時系列としては、1960年に6文字が成立してから、2010年あたりの50年までに各地の料理書や食通によって「捆」は調理技法に吸収。
その間に明示されていない「香」「鮮」「活」「渾」「整」の概念が確立し、2010年あたりの麻婆豆腐ブームによって食通の人や料理人によって再整理されたのです。
そのまだ8文字がまだ不確定な時代に、日本へ「捆」という「中国名菜譜」料理人視点の文字が輸入されました。
また制作方法としての「捆」も、伝えられた部分があったでしょう。
しかしその「捆」の意味が不明確なまま輸入されたため、陳麻婆豆腐のれん分け店と、四川飯店の独自解釈がそのまま日本の8文字として独り歩きしたと考えられます。
麻婆豆腐の8文字まとめ
麻婆豆腐の「8文字」の原型は1960年『中国名菜譜』の 6字=麻・辣・烫・捆・嫩・酥で、それ以前から麻婆豆腐の味は文字によってあらわされていました。
後に 香・鲜 が加わり、捆 は判断しやすい 整 などに置換されて今の8字になったのが現代です。
実際に食べる時は、この8文字を意識しながら食べてみてはどうでしょうか。
また麻婆豆腐を作る人は、この8文字と「捆」を意識すると美味しくなるでしょう。



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